有機ELディスプレイは、液晶ディスプレイの有力なライバルとして注目を浴びている。液晶ディスプレイとの大きな違いはその名の示すとおり有機材料が自発光する点にあり、原理的にはテレビのブラウン管に似ている。そればかりか、真横近く(視野角160度程度)からでも画像がくっきりと見え、しかも液晶に比べて表示応答速度が速いため、動画再生にも適している。こうした多くの特徴を備えた次世代ディスプレイとして、現在、有機EL素子に魅せられた企業間での開発競争が熾列を極めている。アルバックは、有機EL素子の知名度が未だ低かった90年代初頭からこれに注目し、成膜装置の開発を手がけてきた。95年に、実験機を開発し、その後たゆまぬ技術革新を遂げてきた結果、2000年7月には、「ファインプロセステクノロジー展」において、長年の功績と先見的技術が評価され、量産機「SATELLA」がADY賞(アドバンスト・ディスプレイ・オブ・ザ・イヤー賞)のグランプリに輝いた。そこで、今回の開発物語は、次世代表示用デバイスとして期待を集める有機EL成膜技術の開発の核心に迫ってみた。
1987年、米国・イーストマン・コダック社による、有機ELに関する興味深いレポートが発表された。
ある日、そのレポートは、材料開発某社のエンジニアによって、超高真空事業部(現先端機器事業部)に所属していた根岸敏夫に紹介された。
「根岸さん、これやってみないか」とこのひとことが根岸のその後の仕事を左右していくことになる。それは1991年のことであった。
当時、半導体・ディスプレイ業界では有機物への関心が深まってきた時代で、有機系は、膨大な種類の化合物が考えられているという意味でも、有望視されていた。具体的なものとしては、化合物半導体の合成物質、あるいは、分子デバイス*、バイオエレクトロニクス、超薄膜、超伝導等に応用される物質が考えられた。
こうしたブームを先取りして、同事業部では、化合物半導体の研究開発用として、MOCVD、MOMBEなどの装置を開発していた。これらの装置をベースに化合物半導体以外の「機能性薄膜材料」に応用ができるのかを調査した。
この調査のきっかけを与えてくれたのが君島文雄事業部長(当時)であった。君島は、超高真空技術一筋に歩んできた関係で、大学・研究所の人脈にも精通していた。根岸と越田達彦は、君島から紹介された北大の先生から指導を受けながら、新物質合成に適合した超高真空小型実験装置を開発した。その後、この小型実験装置をベースにして開発、改良を重ね、つくり上げたのが有機EL成膜装置の1号機となった。
「その装置を使って成膜されたデバイスが緑色に輝いて見えるんです。数センチ角ほどの小さなデバイスでした。もうびっくりしましたね。それを見た時、何か自分の心の中に響いてくるものがありました」と根岸は、その時に受けた感動を語った。
根岸は、1993年、超高真空事業部から産業機器事業部へ配属されることとなった。当時の事業部長は松森邦彦だった。
根岸は、松森に超高真空事業部のときに巡り合った、例の光り輝くデバイスのことを熱く語った。松森には、「それは面白いじゃないか。いままでの産業機器事業部の仕事の範囲にとらわれることなく、新しい分野へどんどん挑戦していってほしい」とお墨付きをもらった。こうして根岸は、産業機器事業部の成膜グループの技術部長として新たに出発することとなった。同時に有機ELへの挑戦が始まったのである。
ディスプレイ市場を調査するために根岸は、約1年間ものあいだ、鶴留寿英と一緒に営業に出た。高橋夏木、長嶋直樹というスタッフにも支えられた。
やがて、某社から注文を受け有機EL用の2号機を完成させた。しかし当時の有機ELの膜は、欠陥が多く、輝度や寿命にも問題があったので、日本の著名な有機EL研究者である斎藤省吾教授のもとに何度も通うこととなった。
1993年から1994年にかけて、斎藤教授から材料開発用の小型実験装置の注文をいただいた。それは後に「LUMINO(ルミノ)」という装置名になった。斎藤教授のもとで根岸ばかりでなく、菊地博も有機ELの教えを乞うこととなった。さらに、斎藤教授と研究に従事されていた筒井教授(当時助教授)からも手厚い指導を受けた。また、その後、やはり日本の有名な有機EL研究者の1人である東京農工大の宮田清蔵教授からも装置の引き合いをいただくようになった。研究開発分野でアルバックの実験機は受け入れられるようになったのである。
根岸敏夫
超高真空事業部(現先端機器事業部)
君島文雄
超高真空事業部(現先端機器事業部)
松森邦彦
産業機器事業部
分子デバイス:
分子レベルの物質で構成されるようなデバイス。たとえば分子センサー、分子スイッチなど。
また同じ頃、超高真空事業部にいた越田が新たに加わり、装置の基本的設計を担当した。さらに、長沢孝揮、石井洋、そして柏原泉らが加わり、人材・設備ともに一気にパワーアップすることとなった。これにより、研究開発用の実験機から量産ライン向け装置への基本構想の実現化が加速し、1995年に初期の目的の装置が完成した。
搬送系を担当した越田はこのように語る。
「超高真空事業部にいたので、小規模の搬送系の経験はありましたが、量産用は経験したことがありませんでした。初めて扱う搬送ロボットでしたので、とまどってばかりでした」
装置の設計・製作が順調にすすめられ、実験装置、研究装置、それに生産装置の3機種が出揃うことになった。次にこれらの装置を販売するためにはネーミングも開発同様、重要な要素と考えた。
ネーミングについてユニークなエピソードがある。
根岸は、好きな名前を付けていいという。それを任された柏原はネーミングのコンセプトを練り上げていった。ネーミングの基底に流れるテーマは、「宇宙」。
小型デバイス研究装置は、「SOLCIET(ソルシエ)」。ラテン語の「太陽」を意味するソールより名づけた。また、小型実験装置は「LUMINO(ルミノ)」だ。「月」という意味。そして大型基板用生産装置は、「SATELLA(サテラ)」。星を意味する。量産機「ZELDA(ゼルダ)」は、ギリシャ神話の女神の名前から命名された。
「柏原さんの優しい感性が装置にぴったりのネーミングで気に入っています。また、有機ELは夢のある新技術ですから、宇宙という発想もよかったですね。躊躇することなく決めました」と根岸は自慢げに語る。
さっそく、商標登録や装置のシンボルマーク(図形商標)の登録をすませた。
有機EL素子製造技術は、これらの有機成膜技術と、従来から蓄積してきた低ダメージ無機成膜技術、酸化成膜技術を複合するハイブリッド化技術を応用している。
菊地は、有機EL成膜技術について、次のように語る。
「無機膜では、電界をかけるだけですが、有機膜では、キャリアを注入する必要があるんです。発光層に、キャリアをドーピングし、多層に成膜するんです。その膜間でホール・電子の再結合が起こり発光するわけです」
有機EL素子のカソード電極材料は、仕事関数が小さいのが好ましく、それは酸化しやすいという特性がある。有機薄膜の成膜では、成膜速度の再現性が難しく、温度制御性が重要となってくる。温度が高すぎると分解するという厄介なものである。蒸発源は、基板サイズの大型化に伴う開発が必要であり、小型から大型になるほど難しさが増してくる。
輝度を大きくとると寿命が短くなる。ポリマー(高分子)の場合には、熱分解しやすく蒸着できないのでスピンコートで膜付けする。高分子でフルカラー化をするには、材料を溶媒に溶かして膜付けを行う。
熱で壊れないように基板につける。まさに300℃以下の世界である。
1997年、大きな転機を迎えることになる。中村久三社長のトップダウンにより、大幅な開発予算が付いたからだ。
「有機ELは、将来大きく化けるかもしれないから、やりなさい」との中村社長の一言だった。有機ELの将来性を期待し、「単に蒸着装置を商品化するだけでなく、有機EL製造技術のトータルソリューションとして、開発に取り組むように」と檄を飛ばした。つまり、有機ELは、次世代の表示デバイスとして最も有力な候補の1つと、確信したのであった。

有機EL素子の研究から量産までを
一貫したラインナップ

有機EL素子作製装置シリーズの紹介
特徴
サテライト方式*による省スペース化実現。
有機ELに対して成膜プロセスを自由に設定可
各種封止システムに対応可能。
ホスト/ドーパント材料の自動レート制御システム搭載。
電極材料の自動供給システム搭載。
ロボット室を追加することによりシステムの拡張可能
特徴
基板挿入〜封止まで一環自動プロセスが可能
生産装置の柔軟性を発揮し、生産現場の多様化にマッチング。
フルカラー用自動マスクアラメント機構搭載
マスク自動交換機構搭載。
サテライト方式:
枚葉式と同じ。搬送ロボットがあるコアチャンバーを中心にし、その周りにいくつかのプロセス室がついている形の真空装置。
1998年からコダック社では「SATELLA」を使って試作を開始した。その結果、装置製造技術に対する評価をいただいた。
実に1999年9月、コダック社は、三洋電機と共同で2.4インチアクティブ型フルカラー有機ELディスプレイの試作に成功、2000年5月には、5.5インチフルカラーディスプレイの試作も行い数々の展示発表会において、好評を博した。
そんな中、有機EL材料についての特許を保有するコダック社、デバイス回路技術やモジュール化技術についてのノウハウを持つ三洋電機、そして有機EL素子や薄膜製造装置で業界をリードするアルバックとで連携し、有機EL生産装置の本格的な生産をめざすこととなった。
さらに、「封止までの一貫ライン」を目玉に特許申請中であった「SATELLA」は、2000年 ADY賞(FPD関連の優れた製品に贈られるアドバンスト・ディスプレイ・オブ・ザ・イヤー賞)のグランプリを受賞することとなった。
有機ELは、現在、携帯用デバイス市場に注目が集まっているが、屋外用表示としてもPDP、LCDにはない素晴らしい特徴をもっている。LCDは、バックライトが必要であるが、有機ELは、不要であり、PET*等フレキシブルなフィルム状のものにも応用できる。膜さえつければデバイスができる。商品はすでに発表されており、独自な市場になることが予想される。熱を加えると分解し、C(炭素)、H(水素)にもどるため、環境に優しい技術ともいえる。有機ELの将来の夢は更に膨らむ。
「有機ELに関する技術の蓄積は、ユーザーの協力なしには成し得ませんでした。アルバックは、ユーザーに恵まれたといえます。有機ELを実証する為には、真空技術以外にさまざまなノウハウが求められます。アルバックの技術者たちにとっては、自らを成長させるチャンスでしょうね。これからのアルバックの貴重な財産となるはずですよ」と根岸は胸を張る。
2000年7月、ADYグランプリを受賞した時の模様。
(賞状を受けとるのは根岸)
PET:
ポリエチレンテレフタレート