真空容器の内部に残っている気体分子数が極めて少ない清浄な空間を超高真空といい、この空間で電子線やX線やイオンビームなどを使って、機能材料を作ったり、表面分析を行ったり、医療に利用されている。さらに、超高真空よりも希薄な空間を極高真空と呼び、最先端の物理学研究やエネルギー開発が進められている。超高真空領域で使用される真空ポンプは動的メカニズムをもつもの、吸着現象を利用するものに大きく分けられる。これらのポンプは使用する環境やプロセスに応じて適したポンプを選ぶ必要があるが、この中でスパッタイオンポンプは音や振動がない静的環境で動作中は補助ポンプが不要な溜め込み式ポンプ。ULVACの超高真空対応スパッタイオン*ポンプ「アクターポンプPSTシリーズ」は極高真空まで排気できるポンプとして開発されたもので、核融合、加速器や放射光の排気系で高い評価を得て、注目されている。そこで今回の開発物語は、超高真空事業部(現先端機器事業部)のスパッタイオンポンプ開発グループにスポットをあてて、数々のエピソードを紹介することにした。
新型スパッタイオンポンプ(アクターポンプ)の開発は92年夏に溯る。当時は、超高真空を排気できるポンプとして、ターボ分子ポンプ*が性能と価格面でめざましい向上があり、それまで、イオンポンプが得意としていた超高真空の市場に参入するようになっていた。応用分野の広いターボ分子ポンプと比べて、ガス負荷のある環境での溜込式ポンプであるスパッタイオンポンプは使用上の制限が避けられない。超高真空の市場でのイオンポンプの利用は年を追うごとに少なくなっていた。
その一方で、国家レベルによる大規模なプロジェクトが進み、そこでは超高真空よりも希薄な空間を実現するポンプが要求されていた。しかも、そのポンプは音や振動のない静かな環境で半永久的に使えるものが理想とされていた。
また、それと合わせて、当時、超高真空事業部でイオンポンプの新しい市場獲得のため、ニーズを調べていた結果からも、今後、超高真空事業部の主力製品であるイオンポンプの生き残る場所はターボ分子ポンプでは作り出せない到達圧力、すなわち『極高真空』しかないと部内の会議で結論された。
この結論を受け、高木望を中心とするチームが開発にあたった。
若手メンバーは勉強会を開き、イオンポンプの構造や理論から学び直すことにした。それと並行して、改良のための基礎データ収集を担当した小谷剛、金原浩之らが最初に行ったことは、現行ポンプの徹底的な調査であった。
それは、過去の開発記録の整理から始まり、実験の追調査が行われた。
ところが、いざ、測定を始めてみると、記録と同じ条件でテストを行っても過去の結果と異なった数字になることも少なくなかったという。これは、開発当時に比べて現在は、超高真空〜極高真空領域の圧力が、より厳密に測定できることや、真空容器からの放出ガスも減少していたこともあげられよう。これは、時代の進歩と共に基礎データを取り直す必要があるという典型的な教訓となった。
このことが分かってから、パラメータを変えてテストを繰り返すうちに、新しい傾向があることに気がついた。それは、ある圧力領域で起こる不安定な放電現象であった。
小谷らは、はじめのうちは実験の誤差ではないかと見過ごしていたが、何回か記録をとってみると、同じように電圧がふらつく。イオンポンプのケースの中は文字通りブラックボックスで、何が起きているのか、外からはまったく分からない。電極か磁石か電源か、何が原因なのだろうか?
この現象を突き止めないことには次のステップは有り得ない。いくつか考えられることはあって、それを確かめるべく電極形状を変えて試行錯誤を繰り返すが、解決の糸口は見えずに時間だけが過ぎていく。そこで小谷は思い切って、イオンポンプに覗き窓を付けて放電現象を見てみようと思い付いた。
また、技術開発部の協力も得て、電極や磁石の設計のため、電場と磁場のコンピュータシミュレーションを行い、理論と実験の両面からのアプローチを繰り返しながら、最適な組み合わせに向かって徐々にではあるが着実に答えを詰めていった。
高木望
超高真空事業部(現先端機器事業部)
小谷剛
超高真空事業部(現先端機器事業部)
金原浩之
超高真空事業部(現先端機器事業部)
スパッタイオン:
ポンプの一種。ポンプ内の表面分子をスパッタリングでたたき出し、きれいになった表面に気体を吸着させることで気体を排気するもの。非常にきれいな真空ができる。
ターボ分子ポンプ:
ポンプの一種。羽根を高速回転させ、気体を吸い出すようにして排気するポンプ。油を嫌うデバイス(半導体など)の製造装置で使用される。
何種類ものセルを試験した結果、ついに極高真空領域に入る日が訪れた。92年冬のことである。「今度こそは」と祈るように前日ベーキング(加熱焼出)を終えた高木であったが、今回も、もし駄目な場合には、仲間におごらされる羽目になっていたという。
しかし、不安と共に手応えも感じていた高木は、翌朝、誰よりも先に組立現場に駆け込み、圧力計の表示を見た。そこには、確かに極高真空領域を示す測定限界値が示されていた。超高真空領域を測る電離真空計の測定限界を超えることは、極高真空に突入したことを意味する。2台ある試作機の両方とも同じように測定限界を超えたのであるから、これはもはや偶然とはいえない。「10-10Paに入った商用ポンプを見たのは世界で自分が最初だ」と高木はその日の感激を日誌に記したという。
そして、「これなら売れる」と事業部長は確信し、当初の開発計画を早め、93年4月に新聞発表を行った。
試作機で極高真空領域に到達したものの、商品としてはクリアしなければならない課題はまだ山積みであった。チャンピオンデータを報告することが目的ではない、製品とは常に安定した性能をお客様に供給できなければ意味を持たない。また、寸法の面で従来製品との互換性はあるものの、開発目標の重量や、漏洩磁場の対策は未解決のままだ。
その他にも、完成度を高めるために、生産工程そのものを見直し、社内外から出された要求項目やアイデアを新しいポンプに盛り込む必要があった。
一方、営業サイドからは価格据置きが最低条件だと言われた。しかしながら、試作段階では、製造コストは当初の計画よりも高くなってしまい、しかも、当時は円高の影響で海外への販売は困難を極めるだろうと予想されたため、実際にはさらに原価を下げなければならなかった。
最初は勉強会だった「ミーティング」が、いつしか部全体の「会議」として定着し、開発チームのみならず、事業部のあらゆる部門のキーマンが参加するようになっていた。イオンポンプの開発は、さまざまなセクションの人間が一丸となってアイデアを出し合って、随所に工夫を凝らした製品になっていったのである。
事業部全体での取り組みはポンプの名称にまで及ぶ。アクターポンプは、この新しいスパッタイオンポンプの商品名であって、真空業界で分類されるポンプの種類ではない。愛称を部内で募集したところ、若手技術者の中から、Active(活動的な、活発な)Creative(創造的な、独創的な)Target(的、中心)Extreme(極端な、極度の)Reliable(頼もしい、確かな、信頼)の頭文字をつなげて、「ACTER」としてはという提案があった。
スパッタイオンポンプの心臓部であるアノードとカソードの電極部をセル(素子)と呼ぶが、極・超高真空で優れた排気性能を有するアクターポンプのセルは、特別にアクター素子の名で区別されるまでになっている。
アクターポンプは、93年4月に新聞発表されたが、営業で回る先々でその性能を話しても、当時は半信半疑でなかなか信じてもらえなかったと安藤睦夫は語る。
タイミング的にも極高真空の話題でもちきりであった9月の真空産業展に間に合えばタイムリーであったため、急遽、出展することにしたが、そうは言っても、実験室から展示会場にシステムを移すのは容易ではなかった。というのも、この頃はまだまだ世の中では極高真空は研究室レベルで行われているものであり、実機展示はリスクを伴う。極高真空領域を保ったままにするには、ベーキング後の連続運転が必要である。展示会場までの搬送中も陽極には電圧印加を続けないと、チャンバー(真空容器)内の放出ガスにより圧力上昇し、再度、極高真空領域に戻るまでに展示会が終わってしまう心配もあった。性能が出なければ、参考出展といっても、マイナスの宣伝効果になりかねない。
このため、実機は稼動したまま搬送することになったが、搬送を担当した安藤、上田泰照、藤野浩一は当時を振り返って語る。「車のバッテリーをA/C変換したり、半開きのトランクをガムテープで固定したり苦労しました(笑)」。
その甲斐あって、展示会での評価も高く、その後多くの引き合いがくるようになった。これらの中には、高エネルギー物理学研究所の加速器や日本原子力研究所/理化学研究所の大型放射光施設(SPring-8)の主要排気系に使用されているものもある。こういった設備ではいったんポンプを据え付けると、数年間はメンテナンスなしでポンプを運転し続けることが望まれる。スパッタイオンポンプは溜め込み型ポンプであるが、極高真空のような非常にクリーンな条件では半永久的に使えるポンプとして注目されている。
ターボ分子ポンプに押されて減少していたイオンポンプ市場も、96年3月には改良型のアクターIIシリーズの完成とともに盛り返し、ULVACのイオンポンプの評価も定着していった。現在はアクターIIをベースに、さらなる性能向上への取り組みを続けている。
中澤伸彦は、かつての開発メンバーの言葉を大切にしながら実験を続けている。それは、「些細なこともおろそかにしてはならない。開発したあらゆる事象で関係なかったことはない」ということだ。事実に忠実に目を向け、基本に立ち戻った時に解決の糸口がみつかる。社内の研究発表会で「その成果は理論か偶然か」という役員の質問に対して「両方です」と即座に応えた開発製品は次のシリーズにも反映されているに違いない。

極・超高真空対応
スパッタイオンポンプ
アクターポンプ PSTシリーズ

のセールスポイント

極・超高真空対応
(ISO規格のテストドームをつけて10-10Pa台の到達圧力を実現)CXII・AXIIシリーズ
超高真空領域において大きな排気速度を実現
短時間で超高真空領域まで排気可能
極・超高真空領域における優れた起動特性
(放電が超高真空領域まで持続)
希ガス排気強化型(AXU型)はArに対し2倍の排気性能を実現(当社比)
シールドカバーと専用ヒーターの組み合わせにより高効率のベークアウト及び漏洩磁場の低減
メンテナンスフリー・ライフが長い