フラットパネルディスプレイ(FPD)分野では、液晶ディスプレイやLED(発光ダイオード)、プラズマディスプレイ(PDP)がすでに普及しており、引き続きSED(表面伝導型電子放出素子ディスプレイ)、EL(有機ELディスプレイ)などが実用化されてきている。とりわけ大画面の壁掛けテレビとして注目を集めているPDPは、日本およびアジアの企業を中心に量産が本格化し、家庭にも普及するようになった。
アルバックでは20年以上前からPDP用MgO保護膜形成*のための蒸着装置に取り組んできた。97年秋、42および60インチPDP向けのMgO成膜インライン式真空蒸着*装置「ECHシリーズ」は、第2回アドバンスト・ディスプレイ・オブ・ザ・イヤー97において、ディスプレイ製造装置部門でグランプリを受賞した。また、本装置はPDPメーカーから高い評価をいただいている。そこで今回の開発物語は、電子機器事業部のPDP装置プロジェクトにスポットをあて、本装置開発のエピソードを取材した。
家庭用テレビやコンピュータ、ゲーム機などに欠かせないディスプレイ。FPDは、従来の据置型では考えられなかった新しいマーケットを確立した。しかし、この物語が始まる90年代はじめには、LCD以外の方式には技術的な課題が多すぎたため、限られた分野でしか利用されてこなかった。
ある大手電機メーカーでは、長年にわたりLCD*に対抗する大型FPDとしてプラズマディスプレイ(PDP)の研究開発を手がけてきた。「壁掛けテレビ」の開発だ。
1992年、すでに、同社では21インチサイズのPDPを製品化していた。この後、さらに大型画面化への研究が続けられ、96年度中を目標に40インチサイズ以上の製品の量産化への取り組みを行おうとしていた。
1994年11月のことだった。アルバックは、10年ほど前、前述の大手電機メーカーにPDP用MgO成膜インライン式真空蒸着装置を納入していた。その実績を買われて、21インチサイズに引き続き、40インチサイズ以上対応の装置においてもアルバックに開発要請があった。
電子機器事業部の寺島隆一(同部第2技術部専門室長)と岡田俊弘(同部PDP装置プロジェクト主事)がその担当窓口となった。
「21インチですでに実績がありましたので、多少の課題はあるにしても基本的には既存の技術をスケールアップすれば、比較的短期間のうちにお納めできると思っていました」と装置全般を管理する寺島と装置の技術計算や見積もりを担当する岡田は、その当時のことを振り返る。
しかし、装置開発はシナリオ通りにはいかないものである。予定通りに"事"が進まないのが装置開発の"常"と言っていい。予想外のアクシデントがどこかに潜んでいる。今回の開発物語でもその「魔物」が大暴れすることとなったのである。
寺島隆一
電子機器事業部 第2技術部専門室長
岡田俊弘
電子機器事業部 PDP装置プロジェクト主事
倉内利春
筑波超材料研究所 材料制御部成膜技術研究室室長
小泉和彦
電子機器事業部設計部
藤井稔
電子機器事業部製造部
MgO保護膜:
PDP(プラズマディスプレイ)の電極を保護する役割を持つ薄膜。
インライン:
基板(PDPや液晶ディスプレイの場合は「ガラス」が基板になります)を、一列に並んだ各プロセス室に順送りに搬送する形の装置。
LCD:
液晶ディスプレイ
MgO保護膜はPDPにおいて、安定した画像を表示するための重要な"層"として使われている。PDPの構造は下の図を参照していただきたい。PDPは、製造のほとんどの工程は低廉でできる印刷技術で十分だが、MgO保護膜については印刷技術ではなく、高度な膜質が要求されることから真空技術が活躍している。
話を94年11月に戻そう。
引き合いのあったその要求項目は次の通りであった。

(1)大型ガラス基板への均一成膜
(2) 高スループット、高速成膜
(3)長時間連続安定稼動
(4)間欠ロット生産への対応
(5)メンテナンスおよび立ち上げ時間の短縮

単純に大型化への対応とは言っても、PDP装置プロジェクトチームは、試作していくうちに大変な課題であることに気づき始めた。
アルバックは、21インチ用量産機をすでに納入しているが、「そこでの成膜データを参考にさせてもらえば、今回の装置開発にも流用できるものと思ってかかりました」と寺島。
ところが、それは小型基板に適した成膜条件であり、大型基板の成膜にはほとんど参考にならなかった。
そこで寺島と岡田は、筑波超材料研究所の倉内利春(同研究所材料制御部成膜技術研究室室長)を訪ね、電子ビーム蒸着による成膜基礎データ収集のための実験を進めると同時に、千葉超材料研究所にも出向き、蒸着法と並行して、スパッタリング法によるMgO成膜の検討も進めた。
しかし、翌95年1月、千葉超材料研究所から「スパッタリング法では蒸着法に匹敵する成膜速度を実現することが困難」と調査結果が下されたので、MgO膜は従来通り「蒸着法」でいくことに決定した。
「成膜プロセス技術としては、基板が大きくなればなるほど、より難しくなってきます。基板の大型化に伴い、均一な成膜には、電子銃とハース内の蒸着材料との距離、スプラッシュ*の回避など、要求されるすべての数値がシビアなものとなります。基礎データを取るためにサンプリング用の装置作りから始めなければならなかったのです。しかも予算が潤沢ではなかったので苦労しましたよ(笑)」とMgO膜プロセス条件を担当した倉内。倉内らは、苦労を重ね、42インチにおけるMgO膜の基礎データを地道に取り直していった。
続いて、寺島らプロジェクトメンバーは、ガラス基板1枚あたり5分タクト(処理時間)、1週間連続稼動という条件を満たすためにはピアスガン*が必須条件と判断し、採用した。ピアスガンは、ある専門メーカーから購入する業者が多い中で、アルバックは産業機器事業部ですでに実績があったこと、成膜速度や均一性の確保など本装置の中核となる技術であることから自社で製作することとなり、池田裕人(電子機器事業部技術部)を中心にピアスガンの設計を開始した。
「ECHシリーズ」の特徴
・大型ガラス基板への均一な膜厚、膜質
・高スループット*、高速成膜
・長時間連続安定稼動
・間欠ロット生産への対応
・メンテナンスおよび立ち上げ時間の短縮

ECH-135の仕様
対応基板 最大60インチ
タクト 4分
標準膜厚 500nm
膜厚分布 ±10%
基板加熱 200℃
連続運転時間 2週間(288時間)
メンテナンス時間 7時間

ECH-105の仕様
対応基板 最大42インチ
タクト 4分
標準膜厚 500nm
膜厚分布 ±10%
基板加熱 200℃
連続運転時間 2週間(288時間)
メンテナンス時間 7時間
スループット:
装置内で処理された基板が出てくる間隔のこと。
スプラッシュ:
電子銃が材料に当たったときに材料が突沸し、大きな粒子が基板に付着してしまうこと。デバイス不良の原因になる。
ピアスガン:
イギリス人技術者のピアスが開発した電子銃。ビームの発生源とビームを当てる材料までの距離を長く取ることができ、フィラメントが長寿命化する。
95年9月、引き合いから約1年の調査期間を経て、装置開発の準備もほぼ整った頃、正式に受注することとなった。小泉和彦(電子機器事業部設計部)を中心に装置の設計作業が開始された。
この頃に、同メーカーは、「96年中に42インチの量産体制に入る」ことを新聞紙上に発表した。同時期に、PDPによる大型ディスプレイの可能性を重視し、他社メーカーも次々に参入してきた。これによりスタッフ全員の緊張感は高まる一方であった。
「子供の頃、夢物語だった壁掛けテレビがいよいよ現実のものとなるわけですからエキサイトしましたね。しかも、その仕事に携わっていることに、いまも興奮しています」と寺島は少年時代に溯ったようだった。
96年1月には、MgO成膜の中核となるピアスガンの予備テストが行われ、そして、いよいよ装置の組み立てが開始された。準備万端、ついに、立ち上げの時がきたのだった。あともう少しで、PDP用MgO成膜インライン式真空蒸着装置「ECH-105」の完成を迎える手はずであった。
立ち上げを行っている藤井稔(電子機器事業部製造部)から寺島に緊急連絡が入ったのは、藤井が立ち上げを開始した数日後であった。
「たいへんです。電子ビームが出ないし、基板が割れるし、搬送機能も働かないんです」という藤井。装置は、正常に立ち上がらなかったのである。
早速、寺島は原因究明のため現地に赴いた。
「同メーカーは、すでにマスコミに発表の通り、その年の秋にはPDPの本格生産を開始しようとしていましたので、それはもう大変なご立腹でした。なにもかも順調だっただけに私たちは信じられませんでした」と寺島、岡田は当時を振り返る。
まもなく、ピアスガンから発射される電子ビームは修復できたものの、搬送系の不具合と基板割れの原因究明に多くの期間を費やさねばならなかった。改善のために設計からもう一度再検討を行った。
「今後の装置開発にいい教訓になりました。つまりスケールアップするということは、従来の装置の延長線上ではないのですね。もう一度、原点に戻って一つずつクリアにしなければならないことがわかったのです。目に見えない魔物がどこかにいるのです」とPDPプロジェクトチーム一同の反省の弁であった。
しかし、今回のようなことは、同事業部の宿命でもある。市場ニーズに応えた製品を他社に先駆けて一刻も早く登場させることが、電気メーカーの使命でもあるので、アルバックは常にお客様と一緒になって、走りながら考え、走りながら開発しなければならないからだ。
プロジェクトチームの努力の甲斐あって、9月には膜厚モニタの信頼性対策が完了し、PDPの生産が開始された。
開発メンバーは、より美しくより安価な製品を世に送り出すべく、現在も立ち止まることなく実験をくり返している。
AC型PDPの構造図
PDPには、AC型とDC型の駆動方式がある。DC型は構造が複雑なため、ほとんどのメーカーは構造が簡単で長寿命の利点を有するAC型を採用している。PDPの構造は、AC型とDC型では構成部品や材料が若干異なるが、基本的にはフロント基板(前面基板)とリア基板(背面基板)に紫外線を発生させるためのガスを封入し、真空密閉したもので構成されている。
AC型のリア基板は、書き込み用データ電極の上に放電空間をつくるための仕切となる隔壁(リブ)をストライプ状に形成している。放電空間の内側にはRGB三色の蛍光体が塗布されている。フロント基板は、放電のための一対の透明電極とライン抵抗を下げるバス電極が形成されており、さらにその下に透明誘電体層が形成されている。
透明誘電体層の保護層にはMgO蒸着膜が施されている。保護膜は、電極の摩耗を防ぐ、放電のための電子を放出する、余分な放電電流を制限し放電状態を維持する――など重要な役割を果たしている。